Memoir : アメリカに旅立つ日-1982年11月28日
そのころはまだそう簡単にはアメリカに行ける時代ではなかった。一番安いニューヨーク往復券がコーリャン・エアラインで20万円を割った、というのがセンセーショナルな時代だった。

そんな訳で出発の日(父に言われるまで気づかなかったがこの11 月28日は9年前僕が17歳の時に死んだ母親の誕生日であった。)には大阪、奈良から叔母さん達、僕の親父、自分のアパートを引き払った後居候させてもらっていたクラシック・ピアニストの霧生さん一家、その他の見送りの一行を引き連れ成田空港到着。それにしてもちょっと引き連れ過ぎだ。とにかくバンザイ三唱だけはやめてくれと頼んでおいた。  親父の、とにかくみっともないから3ヶ月以内には帰ってくるなよ...という励ましの言葉?に見送られ、ドキドキ、ガクガクしている心臓と足をさとられないように、私もう旅慣れちゃってますから、という態度を装い静かにコーリャン・エアラインにて出発。それがなんと行ったきり9年以上も帰って来ない、などと誰が想像していたか?

飛行機はまずソウルへ飛ぶ。そこで5 時間くらいの待ち時間がある。ぶらぶら時間をつぶしているとある事に気が付いた。ニューヨーク行きの飛行機はもしかして違う飛行機なのか?もしそうだとしたら預けた荷物は僕がここでニューヨーク行きの飛行機に乗せ換えなくてはならないのでは?でもどこで?いっぺんに血が顔に集まってきた。誰かに訊かなくては...でもここはコーリア、朝鮮語はアニョンガセヨとスミダ、くらいしか知らない。まぁ空港なのだから英語はみんな話せるだろう...でも私の英語力...とにかく荷物が届かなかったら大変だ、意を決してインフォメーション・カウンターへ。

「エクスキューズ ミー。アー... アイ ゴー ニューヨーク。マイ バック ゴー ニューヨーク トゥー?」  「???」

当時の私の英語力この程度。これじゃ誰も僕が何を言おうとしているのか分かるわけがない。とにかく戸惑っているインフォー係に「アイム ソーリー」と言い残し、ふらふらとさ迷っていると、神の助けか日本人の団体客と添乗員。その添乗員に「あ~、始めからニューヨークに行く券を買ってる場合は荷物も自動的にニューヨークまでいきますから大丈夫です。」と説明された。ほっとすると同時に足がガクッと地に付いた音がした。

飛行機の中、何回もメモ帳を取り出し色々な情報を確かめていたら、いつのまにかその大切なメモ帳が無くなってしまった。どこをどう探しても出てこない。ニューヨーク在住日本人の友人達の連絡先、その他大切な情報がいっぱい書いてあるのに...一応ドラムのフクちゃん(田井中ふくし)が迎えに来てくれているはずだが、もし会えなかったらどうしよう...とにかく日本系のホテルを探して...

不安を抱えながらケネディー・エアポート着。タッチダウン、アメリカ大陸を肌で感じた瞬間である。税関をとにかく笑顔できりぬけ、無事スーツケースを取り戻し、ゲートを不安げに抜けるとフクちゃんの奥さん、ピアノの横山静子さんの声が飛び込んできた。「あ~、ほら、来た来たフクちゃん。田中君よ、田中く~ん!こっち、こっち!」助かった瞬間である。なんと飛行機4時間以上も遅れての到着であったそうだ。よく待っていてくれた、と感謝。

空港ビルから出るとそこはアメリカ、別世界。空気がピリッと肌に感じた。これがニューヨークの空気だ!と感激。タクシー乗り場では大きな黒人の係員が呼子を鳴らしながら体全体で指図している。映画の中の一シーンに飛び込んだみたい。ワー、カッコ良いー!

 タクシーが動き出すとフクちゃん、静子さんがドライバーに英語で指示している。当たり前の事だが英語で話しているのを見て大感動、ハイウェイ、道路標識、広告の看板、すべてがバカでかい。カッコ良いー!  フクちゃん達が少し遠回りになるが有名なブルックリン・ブリッジを渡ってくれるようにドライバーに頼んでくれたが、あまりもの感動で上の空。頭の中では映画“シャフト” “スーパーフライ”などニューヨークを舞台とした映画音楽が鳴り響いている。そう今は僕も映画の主人公。

そしてついにあの映画で、テレビで、そして写真で何回も見たことのあるマンハッタンの夜景が見えてきた。左手端に今は亡き世界貿易センター・ツイン・タワー、中央右手に優雅なエンパイアー・ステイト・ビルディング。巨大な宝石箱を開けたようなきらびやかな夜景。頭の中の音楽がクリストファー・クロスの“ ニューヨーク・シティー・セレナーデ”に変わった。ブルックリン・ブリッジを渡り始める。ダウンタウンのビルディング群が頭上に迫ってきた。建物、道、信号すべてがバカでかい。  メチャ感動。でもそれと同時に不思議にも自分の心の中で「やっと帰って来た。」という声が聴こえている。街全体が「ウェル カム バック!」と僕に話しかけてきているような気持ちになった。とてもなつかしくてしょうがない気持ち、デジャブだ。これはこの街を何回も映画、その他で見ているからそのせいだとも思った。でもこの後23年のあいだ映画などでもよく出てくる他の有名な都市を訪れてもこんな気持ちを持ったことはない。

タクシーはブルックリン・ブリッジを渡り終えチャイナタウンを通りミッドタウンへと抜けていく。風に舞うゴミ、マンホールから舞い上がる蒸気、無愛想にポケットに手を突っ込んで歩いている人、かなりヤバそうな雰囲気が漂っている。夜はこんな所一人では歩けないなぁ~...?頭の中の音楽がまた“スーパーフライ”に変わった。

フクちゃん達はそのころ46丁目のブロード・ウェイと6アベニューの間にあるアート・ブレイキーのロフトにルーム・メイト、サックス奏者のボブ・ケンモツと住んでいた。とりあえず僕の住む所が見つかるまでおいてくれるということだ。  「フクちゃん、お土産持って来たよ!」と言ってスーツケースを開けるとなんとゴキブリが飛び出しさっと逃げていった。それはまぎれもなく日本のあの大きなツヤツヤと黒光りしているゴキブリであった。  「お前なんちゅう土産持ってきた!」とフクちゃんが叫んだ。