Memoir : アメリカ2日目 地獄のスターカフェ・ジャム・セッション
ニューヨークに着いた翌日、興奮しているためか時差など無い。昼前にフクちゃん、静子さんが、近くの47、 48st辺り、7Av沿いにあったデリに誘ってくれた。そこは、その当時よくあった細長いカウンターだけが奥まで続いている作り、典型的なアメリカのデリ・レストラン。出し物は、トースト、エッグ、ホットドック、コーヒーなど。英語で緊張しながら注文した。アメリカでの初めての食事だ。

夕方、その当時のフクちゃんの先生、ドラムのジョー・ジョーンズjr.(パパ・ジョー・ジョーンズの息子)がたずねて来て一緒にジャム・セッションに行こう、ということになった。

その店、スター・カフェは23stの7Av. と6Avの間、ほぼ7Av.よりにあった。その当時けっこう有名だったジャズ・クラブ、アングリー・スクワイアー(7Avの22、23stのあいだ。)という店の斜向かいに位置していた。月曜日から木曜日までジャム・セッション。ジュニア・クック、ハロルド・ホワイト(ドラマー)がしきっている。デクスター・ゴードンをはじめ、有名ミュージシャン達もよく顔を出しているらしい。

その店の前に立つと、中から強力なドライブ感のあるギンギンの音が聴こえてきた。この店、外から見た感じでは場末のバー、でも中に入ると...ステージ以外は照明も無く、人々が影の中でうごめいている。そう、まるで地獄!日本から来たばかりの僕には、ことさらそう思われた。しかし鳴っている音楽は殺人的な緊張感、客もそれに合わせて、イェー メン!ゴーゴー!ワォーなどと怒鳴ったり、叫んだりしている。とにかく生まれてこのかた、こんな音を聴いた事が無い。ぶったまげた。  後で聞いたところによると、ここの客層はジャンキー、ヤクの売人、娼婦、ピンプ、ジャズ・ミュージシャン達だそうだ。まともなのはジャズ・ミュージシャンだけか?そんな訳で、しょっちゅう警察の手入れがあり、営業停止をくらっているそうだ。

 ある日、僕の知り合いの女性がここのトイレに入って行くと、娼婦らしき女が手を洗うシンクに足をまたいで、あそこを洗っていたそうだ。彼女がそれを見て唖然とした表情をしても、平気で洗っていたらしい。でもその話を聞いて、まず最初に思った事がある。そんなに足が長いのか、うらやましい...  話はそれるが、アメリカで初めてディスコに行った時に感じた事がある。ディスコで踊る時には、自分がある程度カッコ良いと思っていたい。つまり、その気になりたい。しかし、ここニューヨークのディスコでは、近くで踊っている超ミニをはいた女の子達の腰が、ほぼ僕の胸あたりまである。これじゃどうしたって、自分がカッコ良いと思えるわけが無い。鏡に写っている自分の姿を見ると、もう同じ人間とは思えない。人間の社会に紛れ込んで、自分を人間だと勘違いしている変な小動物だ。まず、体型がぜんぜん違う、服がダサイ、靴もダサイ、顔もダサイ...自己嫌悪。そんな訳で、アメリカでは2回ほどディスコに行ったきりである。とにかく鏡に写った自分の姿を見て、「やっぱり俺はベース上手くなろう!」と誓ったものだ。人間、どんな所で誓いを立てるかわからない。

話を元に戻そう。

暗い中、フクちゃんと席につく。席といったって、何かの箱だ。飲み物はバーに行って自分で買う。しばらくすると、フクちゃんが「ちょっと向こうに友達がいるから...」と言って、奥の暗がりの方に消えて行ってしまった。取り残された僕のところには、いいカモかと思ったのか、何人もの影が寄ってきて、小銭をせがむ、タバコもせがむ。無視していると、今度は僕の飲んでいるビールを飲ませろ、と手を伸ばしてくる奴もいる。

そういえば、ステージではさっきから同じテナーが吹きまくっている。もう、僕が入って来てから10 分はたっている。しかし、音は依然としてスゴイ。ぜんぜんやめる気配も無く、ついにリズム・セクションが嫌な顔をしだした。しばらくすると、ベーシストがベースを床に置いてどっかに消えてしまい、ドラムも叩くのを止め、腕組みしてしまった。そして、ついにピアニストもギブアップ。ところがテナーマン、いっこうに動じる気配無く吹きまくっている。客からも野次が飛び始めるが、やめない。すると、このセッションの司会兼バーのバウンサー(用心棒)のような大男が出て来て、「てめぇやめろ!これはお前のショーじゃねぇんだぞ!他にも吹きたい奴らが待ってるんだ!」と、彼の顔5センチくらいのところで、怒鳴り始めた。テナーマン、一応そいつにうなずくが、いっこうにやめようとはしない。ついにたまりかねた司会者、マイクのスイッチを切って、スタンド共々ステージから持ち去ってしまった。やっとテナーマンあきらめ、ステージから降りた。次のホーンプレーヤーがソロをとり始めると、司会者、またマイクとマイク・スタンドをステージの上に運んできた。  ところがなんと、その人のソロが終わるや、またあのテナーマン、ステージに上ってきてソロを取り始めた。司会者「ファック、メン!」と叫び、飛んで来て、またマイクを取り上げようとすると、そのテナーマンも負けじとマイクをつかみ、マイクの奪い合いとなる。客からは罵声が飛び交う。「イッツ ショータイム!」と言って、面白がっているのもいる。  結局テナーマン、絶対マイクを手から離そうとしないので、司会者によってマイク、マイク・スタンド共々ステージから引き摺り下ろされていった。今回はさすがにあきらめたのか、あとはおとなしく楽器をケースにしまい、あーすっきりした、という顔つきで帰って行った。ちなみに、彼はここの常連であるらしい。毎回あれをやっているのか?

ステージでは、まだスゴイ音が続いている。

しばらくすると、フクちゃんが戻って来て何事も無かったように、「ヒデ、弾いてくかい?」ときかれた。でも僕はもう、ビビッテしまってだめだった。ここでつまらない音出したら、それこそ撃たれるぞ!と思った。

結局、ここのセッションに参加する勇気が出るまで、1年を必要とした。

しかしこの店、度重なる不法行為、挙句の果ての発砲事件。結局、僕がニューヨークに来てから2年弱で“御取り潰し”となってしまった。でもこの店のジャム・セッションは、ニューヨークで最も凄かったと今でも思っている。