Memoir : ケネディー空港にてFBIに囲まれる
悶々としたサバイバルな日々を送った83年。そんなこんなしているうちに、アメリカに来て、早一年が経とうとしていた。  その頃は、航空券を個人的に他人に売る、というのがまだできた。ほとんどの人が1年オープンの航空券で来ていた。でも一年過ぎても、帰るつもりのない人は、あまった帰りの航空券を誰かに売るということをしていたのだ。帰りの航空券の元の持ち主は、それを買った人と一緒に空港に行きチェックインを済ませ、乗り場にはその買った人が入っていく、という方法で。今ではまぁ無理だと思うが、その頃はみんなやっていた。

そんなわけで、僕も1 年オープンの日本への帰りの航空券が手元に残っていたが、帰らないと決めていたので、一緒に働いていた人に、値切られて$100で売った。その人を見送る日本人の友人一人と、空港まで車を運転してくれる黒人と、僕との4人でケネディー空港に向かった。83年秋のことである。

まずは僕がカウンターに行ってチェックイン。そして最後の別れの握手をみんなとして、その彼はゲートに通じる道を入っていった。何の問題も無かったなと、向こうで手を振っている彼に、我々も手を振って帰ろうとすると、いつの間にか我々の後ろには空港警備員が数人来ていて、「あの、ちょっとここにそのままいてくれませんか?」と言われた。「やばっ、ばれたか?」と思っているうちに、今度は向こうからかなりの人数のニューヨーク・ポリスがこちらにやって来て、遠まきにこちらをにらんでいる。「えっ、たかが帰りの券を売ったくらいで、ちょっと大げさすぎないか?」とパニクっているうちに、さきほど日本に帰る彼が入って行ったゲートから、一目見れば分る、FBIが3人歩いてきた。そりゃ、一目見ればわかる。何ていったって TV、映画などで何回も見ている、レイバンのサングラス、黒いスーツにトレンチコート、というあの絵に書いたようないでたちなのだ。しかし目をむいたのはトレンチコートの下から見え隠れしているマシーン・ガン!いくらなんでも帰りの航空券を売ったくらいで、マシーン・ガン持ったFBIまで出て来るわけ無いだろ!?と思ったら、この時点で、返ってパニックから醒めてしまった。これはきっと何かの間違いだ。そう確信したら、あとは少し余裕もでて、なんだか自分がTVの主人公にでもなったみたいでワクワクしてきた。

やってきたFBIは、手帳をこちらに見せながら「我々はFBIだ。」と言って真顔で我々の表情をうかがっている。そう言われても我々としては「???!」。一緒に見送りに来た日本人も、運転をしてくれている黒人の彼も、ばかばかしさを隠しきれない表情になっていた。

その我々の表情を見て「おい、FBIだぞ!何か心あたりが無いか?」と繰り返す。

 我々、「???!」。  「おい、FBIだぞ!だいたいお前らFBIって知っているのか?」とFBI。

 すると僕の友人「知ってるよ、フレンドリー・ボーイズ・インターナショナルだろ?」

 これには向こうも気抜けしたようで、「あの、とりあえず聴きたいことがあるので、向うの部屋に来てくれないか?」と言われ、我々は彼らについていった。

部屋に入っていくと、そこにも数人のFBIがいて電話で何か話している。運転手の黒人には見向きもしないので、ターゲットは僕ら日本人なのだろう。その運転手君も、すぐにこれは何かの間違いに違いない、と思ったか「オー、シュチューピット、メン(ばかげてる)」と言って新聞など読み始めた。

その部屋にいた黒人FBI員が僕達を見て、「君達はいったいこの国で何をしている?」という質問。

 「ジャズ。」と僕。

 「えっ?なんだって?」

 この頃はまだジャズ・ミュージシャン達のあいだでも、日本人がジャズをやる、というのが珍しかった時代、FBI員が信じられない顔をしても当然だった。

 「僕達はジャズ・ミュージシャンです!」とくりかえすと、  「え~っ!?あのギター弾きながら、トゥル、トゥル、トゥールー というあのジャズか?」とジョージ・ベンソンのマスカレードを歌いだした。さすが黒人。

 「そうです。でもジョージ・ベンソンのその曲は、フュージョンのヒット曲で、我々はもっとオーセンティックな、チャーリー・パーカーなどのビーバップをやっているんです。ビーバップとは...」  まさか日本人からジャズの講義を受けるとは思ってもいなかった黒人のFBI員、しばらく僕らの話を聞いていたが、徐々にその表情は弛み始め、「これは何かの間違いだよなぁー、ハハハ。」などと言って笑い出した。

そのうち先ほどのFBI員が戻って来て、「いやぁ、通報があって...こういう場合こうする以外なかった。失礼。ただしあの航空券は人には譲れないので、彼には明日にでもちゃんと券を買って日本に帰ってもらうことになる。今日はとにかくこの空港を立ち去ってくれ。」と言われ、僕らの車がとめてある駐車場まで彼らが先導していった。その途中で、結局安く日本に帰れなかった彼も、他のFBI員達に連れられてやって来た。やれやれという顔をしている。

FBI員達に見送られ車が走り出すと、結局安い金で日本に帰れなかった彼が、いったい何が起こったかを説明しだした。

まず彼は廊下で呼び止められ調査室に連れて行かれた。その時は、彼もやはり航空券の事がばれたのか、と思ったという。しかも彼は少しコークを持っていたので(コカ・コーラではありません。)、かなり青くなったらしい。しかし尋問が始まると、コークのことを知っていても、FBI 員は誰もその事に関しては何も言わなかったそうだ。しばらく事の事情が飲み込めず、チンプンカンプンの会話をFBIと交わした後、「お前は誰かに恨まれていないか?」と質問されたという。つまり、誰かが嫌がらせの誤報をFBIに流した、ということらしい。そこで彼はピンときたという。僕はあまり知らない奴なのだが、我々の弁当屋で働いているある男と彼の間には揉め事があった。そいつの嫌がらせだ、と彼は確信したらしい。FBI員は通報の内容は彼に明かさなかったので、具体的な内容は未だに不明だ。しかしFBIまで出動させるとは天才的な嘘の達人である。そんなことのできる男はそう周りにはいないので、彼にはあいつだ、とピンときたらしい。

 そういえば、昨日そいつがニヤニヤしながら「田中君、明日彼を飛行場まで送って行くんだってねぇ?」と話しかけてきたのを僕も思い出した。普段は僕と話などしたことが無い人なのに、この時は変に愛想が良かったので、ちょっと違和感を感じたものだった。

 そんなわけで誰がやったか目星はついているが、証拠は無いので我々は何もできず、彼は、後日、改めて航空券を買い直し、日本に帰っていったのだった。

ちなみに彼の航空券は取り上げられたが、隠していたコークの包みは、見つけられはしたものの、黙って返してくれたので、ほっとしたとの事であった。だから、コークや麻薬の密輸などという小さなことではなく、もっと大きなことで、FBIは我々を捕らえにきたのだろう。いったい、どんなことだったんだ?!?。

僕はそれからもそのチクリ野郎と一緒の店で働くわけだ。くそ、と思いながらも近寄らないようにしておこう、と決心した。